モノづくり企業の改革の必然性とその戦略 その12

奥田 碩 さんの講演内容です。

3.2 日本の次世代を担う強靭で高能力な人材づくり

第2番目の大きな課題は、「日本の次世代を担う高能力な人材づくり」です。

3.2.1 失われつつある日本のモノづくりカ

 今後、科学技術創造立国を目指すうえにおいて、技術者をはじめとし て、高能力な人材を多数輩出していくことがきわめて重要です。

気をつけなければいけないのは、科学技術創造立国を目指しているの は、日本に限った話ではなく、世界中のあらゆる国が「技術立国」を目 指している、という現実です。そのなかでわが国が先行していくためには、並大抵の人材育成では覚束ないものと考えなければなりません。

高能力な人材は、経済・社会のあらゆる場面で必要ですが、ここでは 特に、いわゆる「現場」で技能労働に従事する人に重点をおいて考えて みたいと思います。なぜなら、これまでのわが国では、高度な技能をもつ数多くの現場の技能者たちがモノづくりの国際競争力の強化と維持に 貢献してきており、これは世界各国と比較しても特色と優位性のあるわが国の強みだからです。

当然、こうした強みは、今後とも科学技術創造立国のためには欠かすことのできないものです。ところが、このところこうした技能の力が著 しく弱体化しているのではないかと懸念されています。

たとえば、国際技能競技大会、いわゆる技能五輪の成績を見てみると、 わが国は 1962年の第11回大会から参加しており、その後 1971年の第 21回大会までの10年間で金メダル獲得数第1位が6回、2位が4回という輝かしい戦績を収めてきました。

ところがそれ以降、わが国は韓国や台湾の後塵を拝することが多くな り、 第22回大会以降は、昨年の第 37 回大会にいたるまで16回連続で、 なんと一回たりとも韓国を上回る成績を残せていないばかりか、ベスト スリーにも入れなかった大会が7回もあるという残念な結果に終わっています。

これはもちろん、韓国や台湾がめざましい工業化を遂げたことがその 背景にあるのですが、その一方で、わが国におけるモノづくり技能者の 社会的地位の低下を反映したものであるという見方もあります。

技能五輪は、22歳以下の若者が参加するものです。決められた課題 を、より速く、より正確にこなしていくという意味では、22歳の若者 でも相当のレベルに達することができるでしょう。しかし、本当の意味 での高度な技能は、さらに長い時間をかけて形成されるものです。

とりわけ、最も高度かつ重要な技能である、予期しない変化や不確実 性に対応するノウハウ、いわゆる「知的熟練」は、長期にわたって、現 場の仕事を通じて生きた経験を蓄積することが唯一の育成方法だといわれています。したがって、モノづくり現場の仕事にじっくり取り組もう という若者が減ってくることは、わが国モノづくりの競争力に重大な悪 影響を及ぼしかねる事態であると考えなければなりません。

世間では昨今、バブル経済の頃に「3K」などといわれた影響もあり、 モノづくりの現場でまじめにコツコツと働くことが何となく格好悪いと か、長年かけて手に職をつけることよりも、他人を出し抜いて金を儲けることがもてはやされたりするような傾向があるように感じられます。 これは、大変危険な兆候であり、モノづくりにまじめに取り組む人たちが、もっと社会的に認知され、尊敬されるように、官民あげて啓発をはかっていく必要があるでしょう。

また、長期間をかけて高度な技能を蓄積させていくためには、長期雇 用のしくみが必要不可欠であることは論を待ちません。一時期、足元の 業績に目を奪われ、短期的な見方に傾き過ぎて、長期雇用のもっている、 いわば人材への投資とか、あるいは人材の育成とかいった側面を見逃が したり、軽視したりする傾向があまりに強くなりすぎていた時期がある と思います。最近、それに対する反省も広がっているようですが、こう した部分がおろそかになると、長期的に見た企業の発展を阻害しかねないばかりか、産業全体の競争力の低下を招くことになります。

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