モノづくり企業の改革の必然性とその戦略 その16

奥田 碩 さんの講演内容です。

3.3.2 時代が変わっても、人が変わっても、ゆるぎなく繁栄し続ける日本づくり

絶えざる技術開発と、環境変化に応じてつねに構造改革が行われるモ メンタムとを組み合わせることで、「時代が変わっても、人が変わって も、ゆるぎなく繁栄し続ける日本」をつくることが可能でしょうこれ は、「ある最高の状態を作り上げれば、あとはずっとそのままでいい」 ということでは決してありません。大切なのは、つねに変わりつづけ、 進歩しつづける上向きのベクトルをもちつづけることなのです。

日本経団連は 2003年1月に、「活力と魅力溢れる日本をめざして」と いう提言、いわゆる「新ビジョン」を発表しました。これはわが国が取 り組むべき政策プログラムのパッケージを提示したものであり、財政や 社会保障を持続可能なものに改革し、民間企業と地方の活力を健全な競 争を通じて発揮できる環境を整えることで、わが国は必ず新たな成長と 発展を手にすることができると主張しています。以下、その具体的なポ イントをいくつか紹介していきます。

3.3.3 多様性のダイナミズム

 新ビジョンがこれからのわが国における活力の源泉として期待しているのが「多様性」です。より具体的には、「多様な価値観がもたらすダ イナミズムと創造」です。これが、これからのわが国が発展していくための活力、エネルギーの源泉として、非常に大切な考え方になると思い ます。

これまでの日本は、経済的な豊かさ、物質的な豊かさを追求すること を、活力やエネルギーの源泉としてきたのではないでしょうか、戦後の 50年をみても、欧米の近代的で豊かな生活にキャッチアップすること を、唯一の全国民共通の目標としてきて、いまやその目標は、かなり立 派に達成できました。

ところが、それにより、これまでわが国の原動力になってきていた、 経済的な豊かさ、 物質的な豊かさに対する欲求から生まれるエネルギー が弱まってしまったことが、景気上昇局面が訪れてもなお、わが国が長 期的な閉塞感を打破できない大きな原因ではないかと思います。要する に、テレビや電気冷蔵庫、電気洗濯機などの電化製品、あるいは自動車 など、生活の快適さや利便性が飛躍的に向上して、誰にとってもそれが 幸せに直結するような、モノの形をした具体的な目標がなくなってしま ったのです。

わが国はもはや、モノとカネがたくさんありさえすれば幸せだ、とい う価値観の国ではなくなったと言うことです。たとえば、エルメスの 100万円のスーツが欲しくないか、と聞かれれば、誰でも欲しいと答えるかもしれません。しかし、それを誰もがローンを組んでまで買いたい か、といわれれば、そうではありません。あるいは、毎日一流ホテルの レストランで高級ワインを飲み、 フランス料理を食べるために、毎日わき目もふらず、残業や休日出勤をいとわずに働くかといわれれば、そういう人は多くはないと思います。

もし、これまでのように、モノとカネの豊かさをひたすら追求していけばよいということであれば、国民のだれもがブランド品をもち、毎日 フランス料理を食べられることを国家の目標にすべきだということになります。しかし、本当にそうすべきか、といわれれば、そうではないと 考える人の方が多いと思います。

考えてみればあたりまえのことでありますが、ブランド品をもってフ ランス料理を食べることだけが幸せではないでしょう。あえてブランド 品をもたないことを幸せだと思う人もいますし、自分で野山で集めた山 菜を料理して食べることに幸福感を感じる人もいます。たくさんのモノ、 あるいは高いモノを買って、所有することだけが幸せであるという画一 的な価値観の時代から、人それぞれが自分なりの価値観をもって、自分 なりの幸せを考える時代に変わりつつあり、モノとカネの豊かさに加え て、心の豊かさ、精神的な豊かさというものを考えていく段階に入って きたのではないでしょうか。事実、すでに、これまでの画一的なライフ スタイルや価値観の枠組みに収まらない、新しい生き方、新しい幸せを 追求しようという動きが目立つようになってきているように感じられます。

たとえば、「男は仕事、女は家庭」という画一的なライフスタイルに 納得せずに、職業をもって社会に進出する女性や、定年退職後も、生き がいと働きがいを求めて働き続ける高齢者などです。高齢者の中には、 自らの技能を生かせる職場を求めて、海外に仕事を求める人もいます。 ひとくくりに「高齢者」といってすますことのできない現実がそこにあ ります。

今となっては、従来の画一的な価値観を前提にしたしくみは、国民が 自分らしく生き、自分なりの豊かさを追求しようとするエネルギーの発 揮を、かえって妨げる方向に働いてしまいかねません。心の豊かさや多 様性といったものを中心において、あらゆる政策を転換していく必要があり、それによって、国民が新しい幸せの追求に向けて、エネルギーを 発揮していけると考えています。

もちろん、これまでも多くみられたように、自分の仕事を天職と考え て、長い年月をかけてそれに打ち込み、高い技能を身に付けていくのも、

立派な生き方であることには変わりありません。従来型の価値観を一切 認めないということは、逆にいえば新たな画一性、没個性に陥ることに つながります。大切なことは、伝統的なものも革新的なものも含め、多 様な生き方や価値観を認めて、お互いに刺激しあうことではないでしょうかそれを通じて、従来型の価値観や生き方を選択した人も、周囲の 多様な価値観に刺激されることで、新しい活力を生み出していくことが できるのです。