モノづくり企業の改革の必然性とその戦略 その17

奥田 碩 さんの講演内容です。

3.3.4 他者への共感

多様性を認め、そのダイナミズムを生かしていくことで、新しい豊かさと幸せを実現していこうとする時代には、従来の日本に往々にして見られたような、男性は男性、高齢者は高齢者、あるいは日本人は日本人 といった似たもの同士や、同じ職場や地域といった限られた身内では強く結束する一方で、ヨソモノは排除するといった、偏狭な仲間意識に凝り固まっていては、いきいきと人生を送ることはできないでしょう。

性別や国籍、年代などの違いをこえて、他者が自分と異なるものを求 め、生きているということを、共感をもって理解し、尊重する、骨太な 人間観が求められます。このような他者への「共感」を根底にもつこと によって、はじめて多様性のダイナミズムが生まれてくるのです。

3.3.5 社会への信頼の回復

 もう一つ大切なのは、いかに多様化の時代であるといっても、自分らしく生きるということは、自分勝手に生きるということではない、ということです。たしかに、多様化が進むということは、個人化が進むということに繋がっており、すでに、近年の日本の社会においては、家族や 親族、地域、あるいは職場における連帯感は弱まり、希薄化する傾向に あります。それに加えて、社会保障をはじめとする社会的な相互扶助の しくみも、より抜本的な見直しが必要なことは確実と考えられています。

これまでは、年寄りになったとき、病気になったとき、あるいは失業 したときなどに、家族や地域、あるいは行政などの手助けを期待することができましたが、それがだんだん期待できなくなってきているのです。 このような、社会や世間に対する信頼感が失われてきたことによって、 国民のなかに、将来に対する漠然とした不安感や不信感が広がっている のが現状だと思います。日本経済は長いこと悪い悪いといわれてきましたが、その一方で約 1,400兆円ともいわれている個人金融資産がある ことも、よく知られています。おカネはないわけではないのに、それを 使わないのは、頼れるのはおカネだけだ、という気持ちがあるからと思

います。

いまや国も、企業も、社会も信頼できない、信じられるのはおカネだ けだ、というのが、多くの国民の実感ではないかと思います。これが、 わが国の家計にゆがみをもたらしております。さらに、いつまで生きるかわからないから、そのおカネがいつまでも使えません。結局、一生懸 命働いてせっかく稼いだおカネを使えないままに死んでいくのです。こ のような国に、新たな活力や魅力が生まれるわけがありません。

こうした傾向を加速しているのが、「強者の論理」、たとえば、「自立 を強制する論理」の蔓延です。

たとえば、「これからは自己責任と自助努力の時代であり、国や企業 に頼らず、個人が自立しなければいけない」などといった単純な意見で す。常識的に考えて、あらゆる個人に向かって、国にも企業にも家族に も一切頼らずに、自分ひとりの力で、自分だけで生きていきなさいというのは、あまりにも無理な話です。ところが、現状を見ると、「自立は 善であり、依存は悪である」といった、きわめて短絡的でステロタイプ な暴論がまだまだ幅を利かせているのが現実ではないでしょうか。

しかし、世の中のしくみをすべて、そういった考え方で作っていこう というのは、あまりに自己中心的で、他人への関心や共感を欠いた考え 方です。

もちろん、日本経団連も、自己責任原則の貫徹を理念としていますが、 これは日本経団連の会員、すなわち企業や経済団体についてのことであ って、個人にまで求めているわけでは決してありません。これからの企 業は、国の規制や保護に頼らずに、自己責任でビジネスを展開していか なければならないことは、当然です。しかし、すべての国民、個人に対 してまで、企業と同じことを求めているわけではなく、また、求めることもできないと思います。 もちろん、かつてのような、封建的な家族制度に戻ることはできない し、戻すべきでないと思います。 大切なことは、これまでの家族や地域 といった、いわば限られた身内だけの強い連帯に代わる、社会全体での、 ゆるやかな新しい連帯を構築していくことであります。 「前に述べたように、自分らしく生きるということは、自分勝手に生きるということではありません。 一人ひとりの個人は、新しい連帯の中で、 自らに求められる役割をきちんと果たしていかなければならないのです。 多様性の社会であればこそ、なおさら、「公」、おおやけのなかでともに 生きる、あるいは公への貢献という価値観が強く求められるのです。そのような価値観のもとに、すべての人が自分の役割と責任をきちんと果 たしていくことで、互いに支え、支えられる、健全な依存関係を築いて いかなければならないのです。

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