モノづくり企業の改革の必然性とその戦略 その19

奥田 碩 さんの講演内容です。

3.3.7 新たな住環境の整備

 今後の、新たな成長の源泉として重点的に取り上げているのが、住環 境の整備です。わが国はずいぶん豊かになり、これ以上ほしいものがなくなったのが消費不振の原因だ、という意見すらあるくらいですが、そうしたなかで、国民が強く望んでいるにもかかわらず手に入らないのが、 広くて良質な住宅をはじめとした、豊かな住環境ではないかと思います。

「家庭」という言葉は、「家」と「庭」があって「家庭」になるのだ、 という話を聞いたことがあります。たしかに、ベランダに洗濯物を干せ ばプランターのひとつも置けないというような暮らしでは、うるおいの ある家庭生活はなかなか望みにくいのではないでしょうか。貧しい住環 境に甘んずるなかでは、豊かな発想も生まれないし、国や社会の将来に ついて考えるような高い志など決して望めません。これは極論ですが、 高い天井は高い志に通じるのです。

また、わが国の住宅は、安全面でも大きな問題を抱えています。過去 に発生した地震をみても、多数の住宅が倒壊するなどの大きな被害が出ている事実があります。わが国の住宅のうち、半数近くに相当する約 2,100 万戸が、現在の住宅耐震基準が施行された1980年より以前に建築 されたものであり、その耐震性については、かなりの懸念があるのです。

また、大都市圏には木造住宅の密集区域が多く見られ、東京圏の場合、 大地震が起きた場合には、実にその80%は焼失するだろうと予測され ています。

これに対し、ヨーロッパの都市では、百年以上前に作られたような石造りの家が並んでいるのを見ることができます。これが、ヨーロッパの 豊かさの源泉のひとつではないかと思います。住宅が一種の社会資本と して蓄積されていることが、国民の住宅コストを引き下げ、結果として 生活を豊かなものにしているということは、見逃せないのではないかと 思います。

それに対し、わが国の住宅の平均耐用年数は、 20 数年しかない短さ なのです。しかも、転売しようとしても、住宅をつぶして更地にしない と売れない、というケースも多く、社会資本というよりは、むしろ耐久 消費財に近いのが実情です。これでは住宅コストが高くなるのは当然で、 これが国民生活を圧迫しているのです。

そこで求められるのが、住宅を耐久消費財ではなく、国民が将来にわ たって利用できる社会資本としてとらえなおすことです。

具体的には、まず、住宅に住む人が、「所有から利用へ」意識を転換 する必要があるでしょう。 定期借地や定期借家のしくみができたので、 持家にこだわらず借家を利用すれば、住宅コストをかなり抑制すること が可能です。若い頃は小さな家に住み、子どもが増えたら郊外の広い家 に移り、定年して夫婦だけになったらバリアフリーで便利な市街地のマ ンションに移るなど、ライフステージにあわせて適当な住宅を選択する ことも、借家なら可能なのであります。

いまは、持家が一生の買い物、ということになるので、デザインや間 取りにも建てる人のこだわりが強すぎて、結果として建てるときには高 く、売るときには更地にしないと売れない、ということになっているの が多いのです。

これも、日本人が、住宅を「所有する」ことに執着することが、大き な要因になっているわけです。 住宅を作るにあたっても、これからは社 会資本として長期間の使用に耐えるような設計を行うことを重視する必 要があります。

具体的には、単に物理的な耐用年数が 100年、200年というだけでは なく、それだけの長い期間に、いろいろな家庭が何代にもわたって住み 継いでいけるように、内装の入れ替えやすさにも配慮した構造にすることが大切です。

こういう住宅を、スケルトン・インフィル住宅というそうですが、そ のような設計を普及させていかなければなりません。

そのためには、たとえばストックとして優れた住宅については税制面 で優遇するといったインセンティブを与えていくことが効果的です。現 状のローン減税ではなく、住宅建設を投資としてとらえた、より幅広い 政策減税の導入が必要だと思います。

また、ライフステージにあわせて住宅を住み替えたり、あるいは何代にもわたってひとつの住宅を住み継いでいくことを可能とするためには、既存の住宅をストックとして売買できるマーケットを整備することが必

要不可欠でしょう。たとえば、自動車であれば、下取りや転売、販売な どのしくみや、ある程度の値段の相場なども出来上がっています。その ため、年間約600万台程度の中古車が流通しており、ときには新車の販 売台数を上回ることすらあります。 * ところが、中古住宅の場合は、年間約 17 万戸程度しか流通しておら ず、新規着工が 100万戸を超えていることと較べると、非常に少ないも のにとどまっています。国際的にみても、先進諸国と較べて日本の中古 住宅市場は未整備です。 このような観点から、日本経団連では、資源の有効活用、廃棄物の排 出の抑制、安全の確保、さらにはライフステージに応じた住宅選択の自 由を拡大する観点から、住宅の長寿命化、耐震性能の改善、既存住宅の 流通市場の活性化、良質な賃貸住宅の供給など、「循環型住宅市場」の 形成を提言しています。