AW物語 成長の要因

アイシン・エィ・ダブリュ株式会社(以下AW)がここまで成長した主な要因を考えてみた。以下上げる。

1)オートマチック(以下A/T)を作るという先見の目が合った。
2)「品質至上」を経営理念として良いものを作ることにこだわった。
3)課題に対して否定せず、まずは取り組んでみる、やってみた。
4)A/Tの理想を目指しわき見をせずにモノづくりに取り組んだ。

それぞれについて詳細を書きます。

1)オートマチック(以下A/T)を作るという先見の目が合った 。 AW物語 genesis編 で書きましたが、 トヨタ自動車 (以下トヨタ) 5代目社長の豊田英二さんが北米に視察に行ったときは既にアメリカはモータリゼーションであり車が沢山走っていた。そして既にオートマチックが搭載されており、 これからの日本もアメリカのように モータリゼーションが来て、イージードライブの車が求められると確信し、実際に取り組んだことです。

2)「品質至上」を経営理念として良いものを作ることにこだわった。 AW物語 genesis編 で書きましたが、 とにかく良いものを作り世の中に出した。自分たちが良品であることを確信して自信をもって生産したものを出荷しておりました。また良いものとして燃費の向上、そしてイージードライブを追求したナビゲーション、更にこれからは自動運転へ。

3)課題に対して否定せず、まずは取り組んでみる、やってみた。 につては、お客さんや上司から言われた課題に対し、あれこれ難しいだとか、不可能だとか言い訳をして否定をせず、まずは取り組んだ。先輩から聞いた話では、AWの昔の人は頭の良い人が少なかったので、不可能だとか、無理だという理論的に説明をすることが苦手で、言われたらとにかくやる。姿勢だったことが他社ではできなかったことを実現できた要因と聞きました。

4)A/Tの理想を目指しわき見をせずにモノづくりに取り組んだ。 については、利益も出、会社も大きくなればA/T以外についても事業展開していくものだが、AWは一部の小事業を除けばA/T以外は取り組まなかった。したがって余計な投資などはほとんどなく、リソーセスをA/Tに集中でき、失敗は少なかった。

しかしこれからはわからない。

AW物語 Zプロジェクト

 1970年代から普通乗用車が大型から小型自動車に移り変わってきた。それに伴い駆動方式もFRからFFに移り変わり、トヨタ自動車もその波に乗ってきた。

 しかし当時アイシン・ワーナー株式会社はFRのオートマチックトランスミッションし(以下A/T)か生産していなかった。工場はFR A/Tの生産でとてもFFのA/Tを生産するスペースはなかった。

 トヨタ自動車は駆動機構は自動車の重要機能ユニットと捉えトヨタの内製でFF A/T生産すると決定された。 トヨタ自動車は衣浦工場で生産するとなった。

 第一ラインはトヨタ自動車の衣浦工場で立ち上がり、そして第二ラインをアイシン・ワーナーで生産することなった。アイシン・ワーナーはその為にFF A/T生産工場として第二工場を新築しました。

 当時アイシン・ワーナーにとって強烈な衝撃だった。まず、これからの乗用車がFRからFFに変わっていくとなると、FRしか生産していないアイシン・ワーナーの将来はない。そこでFF A/Tの生産をトヨタ自動車になってしまったら、アイシン・ワーナーの生きていく未来はなくなるので、絶対にアイシン・ワーナーもFF A/Tの生産を成し遂げなければならない。そこで絶対に失敗は許されない、後がないプロジェクトとなった。

この後がない意味でアルファベットの最後の文字Zをとって

Zプロジェクト

と命名された。当時のアイシンワーナーの人たちは、「絶対にトヨタ自動車より良いものを作るぞ。」と皆のベクトルが一緒になって取り組んだそうです。

AW物語 genesis編

AWの現在については前回の「序章」で書いたが、今回は

AWが産まれたgenesis(起源)

について書きます。

AWはトヨタ用のオートマチックトランスミッションであるトヨグライドの生産会社として設立されました。

トヨタ自動車 (以下トヨタ) 5代目社長の豊田英二さんが北米に視察に行ったときは既にアメリカはモータリゼーションであり車が沢山走っていた。そして既にオートマチックが搭載されており、

なんてイージードライブな装置だ!。

と感動したそうです。早速日本へ帰ってトヨタの中でオートマチックの開発を始めてトヨグライドを開発した。

トヨグライドはトヨタで生まれトヨタで生産スタートしましたが、トヨタの生産拡大に伴い外製化されトヨタグループのアイシン精機に移管されトヨタ車に搭載されました。

アイ シン精機は豊田英二の従妹であるトヨタ佐助の息子の豊田稔(豊田英二の従妹)が社長をしているトヨタグループである。

ところが、このトヨグライドが欧米のボルグワーナー社の特許に基本的な機構に抵触していることが発覚したので、対応策としてアイシン精機とボルグワーナー社と出資50:50の対等の合弁会社 であるアイシン・ワーナー株式会社(以下AW)を設立し、そのAWへ生産移管された。

トヨタ自動車→アイシン精機→AW

と生産が移ったわけです。

ちなみに、日本ではオートマチック専門会社はAWとJATCO( 日本自動変速機株式会社 )の2社のみで、JATCOもフォードの合弁会社でスタートしております。