銀屋洋さんの講演会 その1

トヨタ生産方式の直系の銀屋 洋さんの講演会の内容 その1です。

入社数年の時にトヨタ自動車の銀屋洋さんが会社にてトヨタ生産方式について講演会をしていただいたことがあります。

かなり前なのですが、自分としても大変勉強になったので、うすらぼけながら内容を書いていきます。

当時は銀屋主査だったと思いますが、後にトヨタ自動車の役員になっています。

銀屋さんの指導の下、その会社で指導を受けている人が沢山いましたが、

「銀屋さんはとても怖い人。」と言っていました。

ただし、「役者でもある。物作りで良いことをすれば、とても喜んでくれる。涙を流して喜んでくれたことがある。」

とのことです。物作りで感激して涙を流すなんて考えられないが、流したらしい。

いつもは厳しい方が、喜んでもらえればやりがいがありますな。惚れてしまいますな。

銀屋さんは、トヨタ生産方式を生んだ大野耐一の一番弟子の鈴村喜久雄から直接指導受けた方です。

その銀屋さんが指導された方が、林南八さんや坂巻さんです。

現役の方からしたら、林さんや坂巻さんもとても恐ろしくて雲の上の方のようです。

10年ほど前に林南八さんの講演会に行ったことがありますが、

聴講者は名だたるトヨタ系各社の偉そうな方が沢山おり会場はぎっしりで立ち見状態でした。

遠い昔しの記憶を思い出しながら少し脚色が入りますが、講演会の内容に入ります。

まず最初に話したのは常識のギャップです。

林 南八 先生の略歴

林 南八 先生の略歴を書きます。

昭和18年5月2日生・出身地 東京

1966(昭和41)年(武蔵工業大学、工学部機械工学科卒)
         トヨタ自動車工業株式会社 入社
         元町工場機械部技術員室 配属

1970~71(昭和45~46)年
    鈴村主査と遭遇初めて叱られ目一杯逆らった事がきっかけで
    TPS(トヨタ生産方式)の世界へ
    以来、社内外を問わずあらゆる製造現場の改善に投入され修業
    大野耐一氏、鈴村氏より直接、薫陶を受けた最後の世代

1982(昭和57)年 課長に昇格、製造課長5年経験

1982(昭和57)年 (トヨタ自動車株式会社へ社名変更)

1987(昭和62)年 次長に昇格(元町工場機械部)

1988(昭和63)年 生産管理部 生産調査室主査となり社内社外および海外にてTPS推進に従事

1991(平成3)年 部長級に昇格 高岡工場の主査として、組立の生産性向上と物流問題に専念

1993(平成5)年 生産調査部へ戻る

1997(平成9)年 生産調査部長

1998(平成10)年 理事に昇格(生産調査部長)

2001(平成13)年 技監に就任

2009(平成21)年 取締役に就任
         生産企画本部 オーダーデリバリー改善推進担当
         生産技術本部 TPS指導担当
         製造本部 TPS徹底推進担当

2011(平成23)年 取締役を退任、技監に就任

2012(平成24)年  中部インダストリアル・エンジニアリング協会会長 就任

2014(平成26)年 技監を退任、顧問に就任