刈谷から豊田へ出たトヨタ

トヨタ自動車は豊田自動織機から自動車部門を別会社としてトヨタ自動車ができた。

豊田自動織機は刈谷市にあり、元国鉄のJRの駅もあり、また名古屋鉄道の駅も近くにあり非常に交通の便の良い所である。

そんな便の良い刈谷市から車づくりに没頭したい理由で、当時は何もない豊田の丘の上にある元町に出た。

今の豊田市はとても発展しており、食事ができるお店もたくさんあり生活には何不自由ない所であるが、当時の豊田市はとても田舎である。周りにはお店も少なく交通の便も悪い。自動車がまだ普及していない時なので、工場の近くに住むしかない。

なぜ、そんな所へ出たのか不思議であるが、ゼネラルモーターやフォードの工場を見るととても莫大な土地の工場である。それを参考にすると、土地が十分に広げることができる田舎に出るのが先見の目があったと思います。

そしてトヨタの成長とともに豊田市は発展した開拓者である。

同じようなことが、海外のトヨタの拠点である。アメリカ、タイ、欧州においも最初の進出時は、田舎で日本食は周りにない地域なのに、最初はキックダウンなどの小規模で進出しどんどん大きくない、その周りの地域が日本人の生活に適した発展をしている。開拓者である。

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