AW物語 諸戸脩三編

 アイシン精機から分社した時に技術の係長で出向されてきた方です。AWの2代目の社長が”諸戸脩三”です。この方は大変すばらしい方でとても使命を持っていました。自分の役割、オートマチックの目指す姿。

東京に研究所を設けたのもこの人です。三河のゆったりした気候では革新的なアイデアはでない。日本、世界で最先端の技術が集まっている東京に出て最新技術の情報を得なければ革新的なアイデアは出ないとのことで東京に研究所を作ったそうです。

ナビ編でもご紹介しましたが、この方がナビの推進をした人です。ナビの開発し始めは、社内の多くはナビなんかAWがやっても物になるわけない。デンソーや家電メーカーに勝てるわけない。が多数の意見でした。ナビ開発のために子会社も何社かつくり、海外の企業とも技術提携しました。当初はナビにテレビ電話機能も付けることも検討していて、その為には特殊な電子素子が必要でその素子を海外の企業が技術をもっていることでしたが、結局その企業の素子では役割を果たすことができず、当時はテレビ電話は断念しました。そんな状態ですので一部の方からは気が狂ったと思われていたそうです。

 しかしながら大変しつこく進められたので今のAWのナビがあります。AWのナビのシェアは日本ではNO1です。

 それというもの「トップの理解があったから進められた」「トップが見てくれたから頑張れた」と言っていました。

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