モノづくり企業の改革の必然性とその戦略 その4

奥田 碩 さんの講演内容です。

2.日本のモノづくり産業の実態

2.1 モノづくり産業の空洞化

日本のモノづくり産業の現状を見ると、従業員4人以上の企業を対象とした経済産業省の工業統計調査によれば、わが国の製造業の付加価値 額は、1991年の126兆円をピークとして、2002年には 97兆円にまで減少しており、従業者数を見ても、1991年の1,135万人をピークに、2002 年には832万人にまで減少しています。これはまさに、わが国製造業の空洞化を示すものです。

戦後のわが国が加工貿易路線を強力に推し進めていった結果、1980 年代に入って、わが国の巨額の貿易黒字が国際社会、とりわけ米国から きわめて強い批判を受け、その米国の貿易赤字を減らすため、1985年 には、先進5カ国がドル安に向けて協調するという、 いわゆるプラザ合 意が成立しました。

その後、円高不況の中で、日本の製造業は、生産性の向上やコストダ ウンなどに徹底して取り組み、1ドル 240円から100円にまで円高が進 んでも、利益が出せる体制をつくり上げる産業・企業も現れました。そ の一方で、自動車産業や電機産業などによる海外生産の拡大が進みはじ め、雇用調整もかなりの規模で行われました。

また、一部の産業・企業では国際競争力を喪失して、国内生産が成り 立たなくなる実態も現れてきて、空洞化の進展が始まりました。

2.2 周回遅れになった日本経済

結果論になりますが、今から思えば、本来ならこの時期に、海外生産 を拡大する産業、あるいは競争力を失いつつある産業に代わって、将来 の日本経済をどのような産業で支えていくのか、というビジョンを真剣 に議論すべきだったのでしょう。しかしこの当時は、日本の巨額の貿易 黒字に批判が集まっていたこともあり、ひたすら市場開放と内需拡大を 求める論調が主流でした。

そして、内需拡大のために金融緩和をやりすぎた結果、バブル経済が 引き起こされ、まさにうたかたの好景気に沸くなかで、空洞化への懸 念や、「日本の将来を担うべき新しい産業は何か」といった取り組みが おろそかになってしまったのです。 今から思えば、当時のわが国には、先進各国から批判されるほどの経 済力をもつに至ったことによる、一種の油断、あるいはおごりのような ものがあったことは、否定できないと思います。しかも、日本がバブルに浮かれている間に、世界では非常に大きな2つの動きが激しく進んで いました。それは、いうまでもなく、「経済のグローバル化」と、「情報 通信革命」であり、この2つの大きな潮流にことごとく乗り遅れたこと が、日本経済に決定的な影響を与えました。そこにバブルの崩壊が重な り、その後始末に手を焼くなかで、まさに「周回遅れ」ともいうべき状 態に陥ってしまったのです。

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